第四次調査12日目(9月5日)
9月5日日曜日。当初日曜日は発掘作業を行わない予定でしたが、日程の関係で発掘作業実施。曇天ですが湿気が強い日です。
かなり深くなってきたため、作業はさらに困難を極めます。測量・図面・写真撮影を行ったうえで、南北のセクションベルトを崩しました。牛歩の歩みというのでしょうか、さらに慎重な作業となってきました。
① これまでの発掘調査のプロセスを現場入り口のところに貼りだし、ご覧いただくことにしました。公式見解ではなく、あくまでも個人的見解での紹介です。
② 昨日は所によって雨が降ったようですが、ここは大雨ではなかったようで、ほとんど雨水は溜まっていませんでした。小さくてわかりにくいですが、作業に入られる方々は、基本的にヘルメット着用で、安全管理を徹底しています。
③東側から撮影|掘削がかなり深くなってきました。私としては、ただただ観察するのみです。2017年の第三次調査の時は地山との境界線が明らかに見えていたように記憶しているのですが、ここではなかなかその区別がみえません。
④ これは、発掘作業で搬出された土砂から遺物の有無を確認するための遺物検出作業に使われる金網のザルです。粗いものから1mmまで、数種類の金網が用意されていて、粗いものから順番に使用しているようです。作業前の道具のみを撮りました。これは一部です。
⑤ 北側から撮影|遺構発掘現場はかなり深くなってきました。外側から作業するのは難しくなったため、中に入っての作業です。
⑥ この段階で、記録写真撮影を行い、測量と図面作成を行います。発掘作業がある一定の段階に達すると、この作業が繰り返されます。何をしているのか、素人にはわかりませんが、発掘作業イコール遺跡を壊している作業でもあるので、各段階で記録をしっかりとることは必須という事のようです。
⑦ 東側から撮影|記録作業が終了したので、南北に残していたセクションベルト(畔のようなもの)を慎重に外していきます。5日(日曜)の作業はここで終了です。